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先日12月はじめの近況報告の時、神社で掃除している氏子さん達の足元に虎ロープがあった。その時は、神社から山頂へのきつい坂にでも張るのかと思っていたのですが、後日見てびっくり。27丁目から神社までの階段のきつい所の左右(一方だけの部分もある)に張り巡らしてある。この掃除の時、設置したのでしょう。
太さ数cmの枝を地面に刺し、ロープを途中に結び目をつくりながら張ってある。結び目があることから境界を示すものではなく、上り下りの頼りにしろ。とのことでしょうが、木の杭であることに,見ただけで信頼性がないことは明らか。また、杭の長さが足りず、どの部分のループも手をかけるには高さが足りない。この杭は、今は新しいから少しは頼れるかもしれないが、いずれ朽ちてしまう。世話をするからいいと思われるかもしれないが、3年位前この参道に数箇所設けた天然木のベンチでさえ管理できないのだから、朽ちてしまうのはあきらか。事実18丁目のベンチは完全に腐りきってしまった。さらに、この階段はどうしても階段縁は吹きだまるためハイカーは中央しか歩けない。しかし、階段があるがためロープは階段の外との際にしかなく手が届かない。要に、手の届かない外側の手の届かない低い位置に、頼りにならない、けばけばしいロープが張ってある。
弁護するとすると、この階段の「きつさ」については、この山を紹介するほとんどのHPに確かにあります。しかし、このロープがあってもなんら階段が楽になるわけではありません。届かない、頼れないのですから。それより、そんなちょっと怖い階段も、良い思いでになると思うのですが。
この山、この参道、この階段の良さは、歴史・信仰を感じさせてくれる仏像・石造物と深い緑。s-ok様のこの山に対する形容にも、「鬱蒼とした緑」との表現があります。工事現場にあるようなただの虎ロープが、役に立たない状態でこの緑の邪魔をする。良かれと思われたのでしょうが魅力を少し奪われてしまった「鐘ヶ嶽」がかわいそうでなりません。 そう思うのは私だけでしょうか?
残念です。
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