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一歩踏み出したN.H君へ

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月30日(日)10時38分18秒
編集済
  ”小学生のお願いでサプライズスペシャル”観ました。
N.H君、頑張ったね、素晴らしかったよ…まず拍手を贈ります!
普段あまり陽の当たらない、
しかしいなくてはならない人に光を当てていることがよかった。
番組後半のYさんの驚きの表情と涙に清々しさを感じました。

人はどんな時に動くのだろう。
一人の願いを実現させるために、
どうして学年や学校、NHKまで動かすことができたのだろう。

お別れの時、一人一人の名前を呼びながら声をかけているYさん素晴らしいね。
一人一人の顔を思い浮かべながら篆刻のプレゼントを作るYさん素晴らしいね。

そういうYさんへの感謝の気持ちを表したいというN.H君の願いは
たぶんみんなの願いでもあったんだと思います。
でもどう表現して良いのかわからない。そんなときのN.H君の呼びかけ。
N.H君の願いとみんなの願いが一致した。だからみんな動いたのだと思います。

Yさんのために(ピアノ)伴奏する、合唱する。
目標がはっきりしている時に発揮されるエネルギーはとても大きいね。

4月から新しい世界に踏み出したN.H君に今回の経験は素晴らしい財産だと思います。
こんなことができたんだから、これからどんなことだって頑張ることができる…と。
 
 

お勧め番組

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月27日(木)23時59分31秒
  Springさん
番組の紹介ありがとうございます。
子どもたちの感謝の気持ちが放送でどう表現されるか楽しみです。

あさイチpresents 小学生のお願いでサプライズスペシャル
4月30日(日) 9:00~9:43
参考URL:
http://nhkworldpremium.com/program/detail.aspx?d=20170430090000&ssl=false&c=26
 

退院後

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月27日(木)23時57分7秒
  ブログにUPしました。
内科受診(2017/04/23)
眼科受診(2017/04/27)
(※受診した日は2017/04/20)
よかったら読んで下さい。

ホームページには紀行文的な内容で
「独り言」には速報的な内容で
ブログには心情的・心象的な内容で
紹介しています。
厳密に区別しているわけではないけれど…。
 

なぜ、観てもらいたいかというと・・・。

 投稿者:Spring  投稿日:2017年 4月27日(木)17時38分21秒
  なぜ、おすすめしたのかというと、地元相模原市の小学校が舞台だからです。  

訂正

 投稿者:Spring  投稿日:2017年 4月27日(木)17時31分41秒
  4月30日日曜日です。  

もし、良かったら…。

 投稿者:Spring  投稿日:2017年 4月27日(木)17時29分36秒
  もし、良かったら、観て頂きたい番組があります!NHKあさイチの特別番組で、4月30日?NHK1チャンネル午前9時から43分まで。あさイチの司会者3人が子供のお願いに応えるという企画です。卒業を前にして小学6年生の男の子が「お世話になった用務員さんに感謝を伝えるのを手伝ってほしい!」というお願いをかなえてくれるまでのドキュメントです。感動して皆が涙を流しました。明日への活力となりました。
ぜひ、感想を聞かせて頂けたらうれしいです。
 

入院記 目次

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月17日(月)22時47分59秒
編集済
  ブログ大野時間”入院記”の目次を、見やすいように整理しました。
闘病の様子や当時の心情など、よろしかったら参考にしてください。

なお上記目次ページの更新は、
4/20の眼科・内科、6/9の脳外科、
それぞれの結果がわかるまで続ける予定です。
 

ブログにUP

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月16日(日)21時25分1秒
  ブログにUPしました。
木もれびの森(2017/04/12)
多摩森林科学園(2017/04/14)

近隣の緑地や公園・里山などを歩いた時の速報的な記録です。
よかったら読んで下さい。
詳しい記録はHP上に紀行文として順次UPしていく予定です。
 

紀行・速報 再開

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月 7日(金)23時26分36秒
  ホームページ「ようこそ! 山へ!!」の「秩父・甲斐・多摩」のコーナーに”まちだ桜まつり(芹ヶ谷公園)”をUPしました。
ブログ「大野時間」の「山・歩く」カテゴリーに”桜 満開”をUPしました。

およそ2年間が経過した「入院記」。ようやく一段落して今は自宅リハビリに励んでいます。
日常生活の記録も、厳密に区別しているわけじゃないけれど、
・ホームページにはある程度文章を練った紀行文として
・ブログにはその時の様子や感じたことなど速報的な記録として
更新を続けていこうと思っています。

更新が進んでいるということは、前向きに生きているという証でしょうか。
よかったら読んで下さい。紀行文や速報記の再開、よろしくお願いします。
 

”入院記”目次

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 4月 3日(月)16時53分25秒
  ブログ「大野時間」”入院記”カテゴリー目次を作りました。
よろしかったら参考にしてください。
 

東病院編:退院

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月29日(水)17時28分30秒
編集済
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:退院”をUPしました。
一時帰宅から退院した日までの様子や心情をまとめました。
余命まで宣告されての闘病生活、今も生きてリハビリに励んでいます。
たくさんの人にお世話になりました。ありがとうございました! …と感謝の気持ちを込めて…。

症状の発生(気付き)から入院、手術、退院までのおよそ2年間、
時系列に沿った目次のようなものを作ろうと思います。
脳腫瘍による小脳失調症というやっかいな病気と向き合ってきたボクの体験が
今も困難と向き合い乗り越えようとしている人たちと共感できれば嬉しいです。
 

東病院編:実習

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月17日(金)23時56分46秒
編集済
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:実習”をUPしました。
北里大学で療法士を目ざして学ぶ学生さんたちと過ごした3日間。
その様子についてボクの心象を交えながらまとめてみました。よかったら読んで下さい。

「入院記」カテゴリーも"東病院編:退院"が近づいてきました。
無事”退院”まで書き終えたら、
在宅リハビリとして行っている”近隣の公園や緑地への散歩・散策”など
歩いて楽しい紀行的な内容もも紹介していきたいと思っています。

http://

 

Re: 春…かな?

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月16日(木)22時12分22秒
編集済
  > メザシ相伴さん
掲示板への投稿、ありがとうございます。
八ヶ岳山麓からの便り、いつも楽しく読んでいます。
季節感あふれる文章から周辺の風景を想像することが好きです。

> うちが(リスの)出会いの場になっていたら嬉しい・・
> ガチガチだった地面もちょっとふわっと沈み込むような感じ・・
白くて固かった氷の地面から、ちょっと黒っぽくて柔らかな土の地面へ。
ウグイスの初鳴きも聞こえてくる頃かな?
春になれば野鳥も小動物も生き生きと活動できる「豊かな」森なんだろうな…と。

一時期、暖かかな日が続くなと思ったら、昨日までの数日は凍えるような寒さ、
それが今日は、外に出ると薄く汗ばむような暖かさです。
暖かくなったり寒くなったり。…春は道草しながらやってくるのですね。

数日振りに陽がさした今日、散歩で1時間ほど歩いてきました。
少し前までは綿毛におおわれ大きなつぼみだったハクモクレンが咲き始めていました。
遠目にはたくさんの白いハトが止まっているようにも見えて、青い空によく映えます。
今日は満開のアンズの花も見つけました。
アンズが咲くと一週間ほど遅れて桜が咲き始めるそうです。
「暑さ寒さも彼岸まで」。花の季節ももうすぐですね。

ブログに書いている「入院記・東病院編」もまもなく<退院>の項に入ります。
<退院>できたら、<自主リハビリ>として歩いた記録なども紹介したいと思っています。
 

ちかごろ14

 投稿者:メザシ相伴  投稿日:2017年 3月14日(火)10時25分2秒
  相変わらずリスです。ここ4、5日になるかな?リスの数が減りました。1匹は固定しているのか確実に現れるのですが、2匹だったり3匹だったりの毎日になりました。リスたちの生活・生態に季節の変化が生じているのでしょう。うちが出会いの場になっていたら嬉しいです。
雪もほとんど無くなり、歩くとガチガチだった地面もちょっとふわっと沈み込むような感じになってきました。「暑さ寒さも彼岸まで」ですかね。
リハビリに励んでいる様子読ませてもらっています。
 

Re: 南アはリックが・・・

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月12日(日)21時12分50秒
編集済
  > 大田区のYさん、掲示板を読んで下さる皆さん
ご心配やらお気遣いをありがとうございます!

視覚障がい:
眼には眼球を動かす筋肉が6本あるそうです。
神経のマヒが原因で信号がうまく伝わらないと複視などの障がいが現れれるとのこと。
脳の手術をした人にはよく見られる現象で、時間の経過により改善されていくそうです。
ブログにも書いたけれど、
8月の手術直後のボクの視線は、どこを向いているのか分からないほどズレていました。
細かな作業で目が疲れることはあるけれど、今は正面を向いて会話することができます。
だいぶ改善したけれど、急な動きや長時間の集中やチラチラするものを見たりすると疲れます。


1967年の南ア山行、おっしゃる通り甲斐駒の黒戸尾根です。
登っても登ってもその先にまた別のピークが…。急登の連続に疲れました。
5合目で2時間もの停滞、ひょっとしたら寝てしまったのかもしれません。
二日目、ビバークしているすぐ近くの岩陰で女性登山者が着替えをはじめました。
その音で目が覚めて、互いに驚いたことを急に思い出しました。
三日目、両俣から北岳の稜線への登りは黒戸尾根以上、階段のような急登の連続でした。
通常の尾根歩きだったら50分登って10分休憩をめやすにしているけれど、
この時は30分-5分、15分-5分、5分-2分…、とうとう5歩登っては深呼吸という有様。
夕方以降、陽が沈み暗くなっても歩き続ける…というのも今だったら遭難ものです。
でもあの時はとにかく人が恋しかった、灯りのあるところまでと歩き続けた記憶があります。
キスリングを背負い駅の宿舎で寝泊まりしながら旅を続けるカニ族、
夜中も歩き続けるカモシカ登山が流行っていた時代でもありました。

昔の記録、探せばもっとあるかも?
押し入れの段ボール箱の中からスケッチ帳に張り付けたアルバムを見つけました。
1968年、49年前の山行アルバムです。この掲示板に画像添付ができたら末尾にMapを貼ります。
以下アルバムに書かれていた記録です。興味のある方は49年前の足跡を追ってみて下さい。
-------------------------------------------------------------------------------------
南アルプス南部(1968年7/22~7/27)
[メンバー]単独
[行程]
7/22
 東京発23:30
7/23
 10:10畑薙第一堰堤10:50…11:30畑薙吊橋11:35…16:45横窪沢小屋(泊)
 ※               沢で米を研いでいる写真あり。飯盒?
7/24
 横窪沢小屋5:30…10:25茶臼岳10:50…12:45上河内岳13:05…15:30聖平小屋(泊)
7/25
 聖平小屋5:07…8:05聖岳(奥聖岳往復)9:10…10:55兎岳12:10…13:50中盛丸14:10…
 14:40大沢岳14:45…15:35百間洞小屋(泊)
7/26
 百間洞小屋5:30…6:40百間平7:35…9:20赤石岳11:00…12:20大聖寺平14:10…14:35荒川小屋(泊)
7/27
 荒川小屋5:30…8:00広河原小屋8:30…12:00小渋湯  伊那大島駅=飯田線-中央線経由=22:43新宿

 ※アルバムのメモ書きより
  昨夜小屋で聞いたニュース。
  「台風10号接近。山は荒れる見込み」
  -この小屋から一番近いルートをとって下山しよう-
  今朝は2時半に起床。小屋の屋根や窓を叩く強い風の音
  昨日は快晴だった大聖寺平は、今朝はガスと風と冷たい雨がうずまいていた。
  早く下山しよう。雨の降らぬうち、小渋川の増水するより先に。
  吊橋をわたり、丸木橋をわたり、渡渉をし、急げ急げ。
------------------------------------------------------------------------------------------

> 北アは財布が重い、南アはリックが重い。
その通りですね!
1960年代後半から70年代前半、比較的経費がかからない…という理由で南アによく出かけました。
その頃の写真あるかな? 去年「老前整理」でだいぶ処分してしまったことが悔やまれます。
それでも探せばあるものですね。
今回も未整理の写真やメモがいくつか見つかり、地図と比べながら見入っています。
 ↓南アルプス南部縦走時のMapです↓
 

南アはリックが・・・

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月10日(金)18時05分39秒
  またまた長い返信をさせてしまい、申し訳なく思っています。
視覚障害とのこと。目が疲れたでしょう、大丈夫ですか。

50年前の様子は想像できませんが黒戸尾根ですね。記録を拝見しs-okさんが一人山の中
で格闘している様が、まるで同行しているように想像でき・・疲れました。
1日目、体調を崩されたのでしょうか、5合目での2時間にも及ぶ停滞。異様に長いですね。
2日目、これがすごい!自分の計算に大きな間違いがなければ8合から両股小屋までは休み
なしで14時間程。これを1日でとは・・・いくら若かったとはいえ・・夜の9時半まで
一人闇の中、歩きっぱなし!ウーン・・・これは!!
そのせいか三日目、両股小屋から稜線まで、苦戦したようですね。奈良田に下りるならと
もかく、広河原だったら肩の小屋泊でしょう?
それからもう一つ・・・北アは財布が重い、南アはリックが重い。それを小屋には泊まら
ずビバーク!いったい荷は何キロぐらいだったんでしょう。あの冷静なs-okさんにもこん
な時期があったんですねー
 

Re:0番線、昔の山

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月 5日(日)23時32分23秒
  返事が遅くなってごめんなさい。昔の山歩きに浸ってしまいました。
長い文章です。適当に読み飛ばして下さい。

キスリング、メタ…、懐かしい響きです。
キスリング:
ごわごわした丈夫な帆布製の黄色っぽい横長のザック。
横に振られないよう左右均等にパッキングすることがベテランの証でもありました。
南アルプスの縦走中、どこの避難小屋だったかに泊った時、ザックの中のブリキ缶から
「つぶれていないパン」を出す登山者がいて山慣れした人だなと思った記憶があります。

メタ:
一番火力の強いのはガソリンコンロ。昔のガスは火力が弱く一般的には石油でした。
石油を気化させるために必要(予熱=プレヒート)だったのがメタ。
予熱ザラに入れて温める、と同時にポンプをあおって気化させました。
ある時どういうわけかメタの炎が消え、気化しないままの石油が吹き出してしまったのです。
コンロの上のお湯に石油が入り、ちょっと石油臭いみそ汁ができました。
水が貴重な縦走中、まだ北岳山荘はなく稜線から300mほど下った北岳小屋での「事件」でした。

50年前の山行:
本棚をひっくり返していたら、昔使っていたガイドブックの間からボロボロの「メモ」が出てきました。
メモには年度が書いてなかったけれど、42年版のガイドブックだから1967年の山行メモだろうと思います。
50年も昔の山行記録! 興味のある方は地図を見ながら50年前のボクの足跡を追ってみてください。
----------------------------------------------------------------------------------
南ア:甲斐駒ケ岳~仙丈ヶ岳~北岳(1967年8/13~8/16)
[メンバー] 単独
[行程]
8/13
 大月19:52=22:35韮崎(駅舎泊)
8/14
 韮崎5:00=(バス\120)=5:50竹宇駒ヶ岳神社6:05…13:00五合目15:00…15:45七丈小屋16:05…
 16:50御来迎場(エボシ岩? 岩陰でビバーク)
8/15
 御来迎場6:00…6:45甲斐駒ケ岳7:10…8:40駒津峰9:05…10:30長衛荘12:20…13:45大滝ノ頭14:00…
 15:55仙丈岳16:10…18:30伊那荒倉岳…20:35野呂川越20:45…21:30両俣小屋(小屋の見える河原でビバーク)
8/16
 両俣小屋9:05…(何度も休憩)…14:30稜線…14:50北岳15:30…17:30北岳小屋(※)
 (※北岳小屋:稜線から300mほど下った管理人のいない小屋)
8/17
 北岳小屋8:00…9:20北岳10:20…14:40広河原15:40=(バス\495運賃+荷物)=18:05甲府18:34=
 甲府18:34(中央線高尾経由\400=21:50新宿=田端 (その頃東京都北区に住んでいた)

  山歩きのセオリーを無視、若さにまかせたイケイケドンドンの無謀山行です。
  遭難していても決しておかしくないですね(?) -反省-
----------------------------------------------------------------------------------

ここからは現代です!
リハビリ:
> 腰痛が再発、ただ今地獄のリハビリ中…とのこと。
ボクの「脳神経マヒの改善」もやっかいです。
・視覚障がい
 眼球をすばやく動かすことができません。
 動いているものを見たり動きながら見たり、長い時間(3~4分)集中してみたりするとひどく疲れます。
 使うことそのものがリハビリと言われています。慣れるしかないのかな。
・構音障がい
 ろれつが回らずはっきりした発音ができません。
 新聞のコラム(天声人語など)を録音しながら音読しています。
 最近の音読は違和感なく聞き取れるようになってきました。
・歩行障がい
 足元がふらついたりよろけたりします。頭の中に振り子があるような感じです。
 人ごみに出る時(買い物など)はシルバーカーかキャスター付き歩行器を、
 散歩・散策(リハビリ)の時はポール(ポールウォーキング用2本杖)を使っています。
 とにかく歩けるようになりたいです。外歩きにますます良い季節ですから。
 最近はかなり長い時間、長い距離を歩くようになってきました。
 有名ではないけれど「歩いてちょっとよい道」は「ようこそ! 山へ!!」にも紹介したいです。

0番乗り場:
 鉄道ではないけれど、バスには0番乗り場があるんですんね。
 昨日(3/4)小田急線鶴川駅のバス乗り場で見つけました。バスロータリーの一番前。
 「町田、野津田車庫、淵野辺駅北口、やくし台センター、登戸…」方面行きのバス乗り場です。

 ちなみにボクが乗ったのは1番乗り場「若葉台駅」方面行き。
 NPO法人エンディングセンター町田事務所が主催する「樹木葬見学会」に参加するためです。
 大きな手術をきっかけに、いろいろ考えるようになりました。
 

東病院編:リハビリ4

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月 1日(水)21時27分14秒
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:リハビリ4”をUPしました。
今回は病院の「食事」について、摂取cal毎にまとめてみました。

病院の食事はおいしくない…と言われているけれど決してそんなことはありません。
メニューも調理の仕方も工夫されていて、ボクにはおいしかったです。
写真をたくさん入れました。病院で提供される食事、まず目で楽しんで下さい。

後半には退院した後のボクが作る朝食の写真も入れてあります。(写真をクリックすると大きくなります。)
 

0番線(その1) 昔は良かった…的な

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月 1日(水)18時21分47秒
  山のオールドボーイ達の日向ぼっこ!つまらない茶飲み話から、過去のいろいろな資料を
ひっくり返させてしまったようで・・体に障りませんでしたか?申し訳ありませんでした。

今日もほんとに長くなりますが、お暇でしたらこの腰痛オヤジにお付き合い下さい。
早速
いただいた最初の資料、地蔵岳~高峰~白鳳峠(1972年/8/23~8/25)。これが驚き!
満員電車が極めて苦手な自分はCAR付の岳友を捕まえ、車で山に行くようになったのが
1972年。日にちまで覚えていませんが、その8月末に彼の壊れそうな軽(ホンダN360)を
駆って、広河原から白鳳峠~アサヨ~甲斐駒~北沢峠と歩きまわっていました。
あのころから南アスーパー林道は環境破壊で問題になっていたものの、マイカーの乗り入
れは制限されていませんでした。おおらかな時代だったということでしょうか。
未舗装林道の膨らみに放置された、鉄くず同然の白い軽。ボンネットだけ自分で塗った青!
見ませんでした(笑)
そして次の資料
ポンチョ!今でもこんな名前で売っているレインウエアーあるのでしょうか?
粉ジュース・・・?当時まだあったかなー?昔のソーダラップ!大好きだったけど・・・
♪ワタナベのジュースのもとですよ!♪まさかねー
果物缶!蜜豆の缶詰が大好物で、縦走最終日の最後のおやつまで大事にとっておいたっけ。
メタ・・ですって!イヤー懐かしい言葉を聞いた!予熱剤ですよね?これだって今もある
んですか?もう覚えてないけど高校のワンゲルに入部した時、これを使ってホェブス?
ラジュース?の点火の仕方を練習させられたよなー・・先輩たちからエッラソーに!
そしてそいつらを背負っていくのは、独特な臭気漂うキスリング。ちょっと金のあるやつ
やカッコツケは背負子にキスリングを括り付けてましたね!
ほんとに団体行動が苦手で部活はすぐにやめちゃったけど、懐かしいですねー!あの頃。

オヤジの昔は良かった!的な話。まだまだ続きます。問題の0番線は(その2)へ
 

0番線(その2) 線路の響き

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月 1日(水)18時18分38秒
  リンクしていただいたHP、最初の記事は自分も以前発見して保存してあります。
ブルーとクリーム色の車両は山の横須賀線、通称「山スカ」115系と言うらしいですよ。
2番目の記事・・・ヤマレコのかたのようですが、いい文章ですね。
鉄道ファンではないけれど、
「夜行列車の窓辺に座って単調な線路の響きを聞きながら、遠くの街の明かりを眺めてい
ると、そこに暮らしている見知らぬ人々の事が思い浮かび・・・」
最近こんなシーンを思い浮かべるとすぐにウルウルしてしまう。歳のせいか涙腺が緩くな
ってしまったようで、困ったもんです。
でもやはり「0番線」見つかりませんよね。
自分が発見した記事は、
http://www.minemura.org/platform_0/closed.html
http://mizube.gnk.cc/65chuuou-higashisennotabi.html
しかしいずれも「0番線」があったという事実しか判りません。
2番目の記事から推測すると、23:55発の山夜行が全盛だった1972頃、休日前夜に限り開
設されていたホームなのでしょうか?依然としてその開設期間などは調べがつきません。
でもこの辺にしておきましょーか。この「お題」がきっかけで腰痛なんか無縁だったころ
の山に思いをはせることができたのですから、良しとしましょう。
しかしもう1ページ紙面をいただいて、これまで調べた中央線の記録を挙げさせて下さい。
鉄道ファンではないので正確さを欠くかもしれませんが、興味ある方は(その3)を見て
みてください。
s-okさん懐かしい記録、ほんとうにありがとうございました。
病の重篤さは全然違うけど、お互いリハビリ頑張りましょう。まだまだやめるわけにいか
ない山歩き、そして家族のため。

ここで私事、小休止。近況です。2月の頭にまた腰が痛くなり、ただ今地獄のリハビリ中。
それ以前のものです。
昨年11月山形の山から帰ってきた後、
本栖湖西岸、雨ヶ岳北尾根。笛吹市、大栃山北西尾根。山梨市、大烏山・子烏山。
丹沢、伊勢沢ノ頭に東南尾根から。お寺の階段仲間を案内して細川橋から大仏の野。
その後すぐに腰がギクッ!低山は今がベストシーズン!早く直さなくっちゃ。
 

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