teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


Re: 春…かな?

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月16日(木)22時12分22秒
編集済
  > メザシ相伴さん
掲示板への投稿、ありがとうございます。
八ヶ岳山麓からの便り、いつも楽しく読んでいます。
季節感あふれる文章から周辺の風景を想像することが好きです。

> うちが(リスの)出会いの場になっていたら嬉しい・・
> ガチガチだった地面もちょっとふわっと沈み込むような感じ・・
白くて固かった氷の地面から、ちょっと黒っぽくて柔らかな土の地面へ。
ウグイスの初鳴きも聞こえてくる頃かな?
春になれば野鳥も小動物も生き生きと活動できる「豊かな」森なんだろうな…と。

一時期、暖かかな日が続くなと思ったら、昨日までの数日は凍えるような寒さ、
それが今日は、外に出ると薄く汗ばむような暖かさです。
暖かくなったり寒くなったり。…春は道草しながらやってくるのですね。

数日振りに陽がさした今日、散歩で1時間ほど歩いてきました。
少し前までは綿毛におおわれ大きなつぼみだったハクモクレンが咲き始めていました。
遠目にはたくさんの白いハトが止まっているようにも見えて、青い空によく映えます。
今日は満開のアンズの花も見つけました。
アンズが咲くと一週間ほど遅れて桜が咲き始めるそうです。
「暑さ寒さも彼岸まで」。花の季節ももうすぐですね。

ブログに書いている「入院記・東病院編」もまもなく<退院>の項に入ります。
<退院>できたら、<自主リハビリ>として歩いた記録なども紹介したいと思っています。
 
 

ちかごろ14

 投稿者:メザシ相伴  投稿日:2017年 3月14日(火)10時25分2秒
  相変わらずリスです。ここ4、5日になるかな?リスの数が減りました。1匹は固定しているのか確実に現れるのですが、2匹だったり3匹だったりの毎日になりました。リスたちの生活・生態に季節の変化が生じているのでしょう。うちが出会いの場になっていたら嬉しいです。
雪もほとんど無くなり、歩くとガチガチだった地面もちょっとふわっと沈み込むような感じになってきました。「暑さ寒さも彼岸まで」ですかね。
リハビリに励んでいる様子読ませてもらっています。
 

Re: 南アはリックが・・・

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月12日(日)21時12分50秒
編集済
  > 大田区のYさん、掲示板を読んで下さる皆さん
ご心配やらお気遣いをありがとうございます!

視覚障がい:
眼には眼球を動かす筋肉が6本あるそうです。
神経のマヒが原因で信号がうまく伝わらないと複視などの障がいが現れれるとのこと。
脳の手術をした人にはよく見られる現象で、時間の経過により改善されていくそうです。
ブログにも書いたけれど、
8月の手術直後のボクの視線は、どこを向いているのか分からないほどズレていました。
細かな作業で目が疲れることはあるけれど、今は正面を向いて会話することができます。
だいぶ改善したけれど、急な動きや長時間の集中やチラチラするものを見たりすると疲れます。


1967年の南ア山行、おっしゃる通り甲斐駒の黒戸尾根です。
登っても登ってもその先にまた別のピークが…。急登の連続に疲れました。
5合目で2時間もの停滞、ひょっとしたら寝てしまったのかもしれません。
二日目、ビバークしているすぐ近くの岩陰で女性登山者が着替えをはじめました。
その音で目が覚めて、互いに驚いたことを急に思い出しました。
三日目、両俣から北岳の稜線への登りは黒戸尾根以上、階段のような急登の連続でした。
通常の尾根歩きだったら50分登って10分休憩をめやすにしているけれど、
この時は30分-5分、15分-5分、5分-2分…、とうとう5歩登っては深呼吸という有様。
夕方以降、陽が沈み暗くなっても歩き続ける…というのも今だったら遭難ものです。
でもあの時はとにかく人が恋しかった、灯りのあるところまでと歩き続けた記憶があります。
キスリングを背負い駅の宿舎で寝泊まりしながら旅を続けるカニ族、
夜中も歩き続けるカモシカ登山が流行っていた時代でもありました。

昔の記録、探せばもっとあるかも?
押し入れの段ボール箱の中からスケッチ帳に張り付けたアルバムを見つけました。
1968年、49年前の山行アルバムです。この掲示板に画像添付ができたら末尾にMapを貼ります。
以下アルバムに書かれていた記録です。興味のある方は49年前の足跡を追ってみて下さい。
-------------------------------------------------------------------------------------
南アルプス南部(1968年7/22~7/27)
[メンバー]単独
[行程]
7/22
 東京発23:30
7/23
 10:10畑薙第一堰堤10:50…11:30畑薙吊橋11:35…16:45横窪沢小屋(泊)
 ※               沢で米を研いでいる写真あり。飯盒?
7/24
 横窪沢小屋5:30…10:25茶臼岳10:50…12:45上河内岳13:05…15:30聖平小屋(泊)
7/25
 聖平小屋5:07…8:05聖岳(奥聖岳往復)9:10…10:55兎岳12:10…13:50中盛丸14:10…
 14:40大沢岳14:45…15:35百間洞小屋(泊)
7/26
 百間洞小屋5:30…6:40百間平7:35…9:20赤石岳11:00…12:20大聖寺平14:10…14:35荒川小屋(泊)
7/27
 荒川小屋5:30…8:00広河原小屋8:30…12:00小渋湯  伊那大島駅=飯田線-中央線経由=22:43新宿

 ※アルバムのメモ書きより
  昨夜小屋で聞いたニュース。
  「台風10号接近。山は荒れる見込み」
  -この小屋から一番近いルートをとって下山しよう-
  今朝は2時半に起床。小屋の屋根や窓を叩く強い風の音
  昨日は快晴だった大聖寺平は、今朝はガスと風と冷たい雨がうずまいていた。
  早く下山しよう。雨の降らぬうち、小渋川の増水するより先に。
  吊橋をわたり、丸木橋をわたり、渡渉をし、急げ急げ。
------------------------------------------------------------------------------------------

> 北アは財布が重い、南アはリックが重い。
その通りですね!
1960年代後半から70年代前半、比較的経費がかからない…という理由で南アによく出かけました。
その頃の写真あるかな? 去年「老前整理」でだいぶ処分してしまったことが悔やまれます。
それでも探せばあるものですね。
今回も未整理の写真やメモがいくつか見つかり、地図と比べながら見入っています。
 ↓南アルプス南部縦走時のMapです↓
 

南アはリックが・・・

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月10日(金)18時05分39秒
  またまた長い返信をさせてしまい、申し訳なく思っています。
視覚障害とのこと。目が疲れたでしょう、大丈夫ですか。

50年前の様子は想像できませんが黒戸尾根ですね。記録を拝見しs-okさんが一人山の中
で格闘している様が、まるで同行しているように想像でき・・疲れました。
1日目、体調を崩されたのでしょうか、5合目での2時間にも及ぶ停滞。異様に長いですね。
2日目、これがすごい!自分の計算に大きな間違いがなければ8合から両股小屋までは休み
なしで14時間程。これを1日でとは・・・いくら若かったとはいえ・・夜の9時半まで
一人闇の中、歩きっぱなし!ウーン・・・これは!!
そのせいか三日目、両股小屋から稜線まで、苦戦したようですね。奈良田に下りるならと
もかく、広河原だったら肩の小屋泊でしょう?
それからもう一つ・・・北アは財布が重い、南アはリックが重い。それを小屋には泊まら
ずビバーク!いったい荷は何キロぐらいだったんでしょう。あの冷静なs-okさんにもこん
な時期があったんですねー
 

Re:0番線、昔の山

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月 5日(日)23時32分23秒
  返事が遅くなってごめんなさい。昔の山歩きに浸ってしまいました。
長い文章です。適当に読み飛ばして下さい。

キスリング、メタ…、懐かしい響きです。
キスリング:
ごわごわした丈夫な帆布製の黄色っぽい横長のザック。
横に振られないよう左右均等にパッキングすることがベテランの証でもありました。
南アルプスの縦走中、どこの避難小屋だったかに泊った時、ザックの中のブリキ缶から
「つぶれていないパン」を出す登山者がいて山慣れした人だなと思った記憶があります。

メタ:
一番火力の強いのはガソリンコンロ。昔のガスは火力が弱く一般的には石油でした。
石油を気化させるために必要(予熱=プレヒート)だったのがメタ。
予熱ザラに入れて温める、と同時にポンプをあおって気化させました。
ある時どういうわけかメタの炎が消え、気化しないままの石油が吹き出してしまったのです。
コンロの上のお湯に石油が入り、ちょっと石油臭いみそ汁ができました。
水が貴重な縦走中、まだ北岳山荘はなく稜線から300mほど下った北岳小屋での「事件」でした。

50年前の山行:
本棚をひっくり返していたら、昔使っていたガイドブックの間からボロボロの「メモ」が出てきました。
メモには年度が書いてなかったけれど、42年版のガイドブックだから1967年の山行メモだろうと思います。
50年も昔の山行記録! 興味のある方は地図を見ながら50年前のボクの足跡を追ってみてください。
----------------------------------------------------------------------------------
南ア:甲斐駒ケ岳~仙丈ヶ岳~北岳(1967年8/13~8/16)
[メンバー] 単独
[行程]
8/13
 大月19:52=22:35韮崎(駅舎泊)
8/14
 韮崎5:00=(バス\120)=5:50竹宇駒ヶ岳神社6:05…13:00五合目15:00…15:45七丈小屋16:05…
 16:50御来迎場(エボシ岩? 岩陰でビバーク)
8/15
 御来迎場6:00…6:45甲斐駒ケ岳7:10…8:40駒津峰9:05…10:30長衛荘12:20…13:45大滝ノ頭14:00…
 15:55仙丈岳16:10…18:30伊那荒倉岳…20:35野呂川越20:45…21:30両俣小屋(小屋の見える河原でビバーク)
8/16
 両俣小屋9:05…(何度も休憩)…14:30稜線…14:50北岳15:30…17:30北岳小屋(※)
 (※北岳小屋:稜線から300mほど下った管理人のいない小屋)
8/17
 北岳小屋8:00…9:20北岳10:20…14:40広河原15:40=(バス\495運賃+荷物)=18:05甲府18:34=
 甲府18:34(中央線高尾経由\400=21:50新宿=田端 (その頃東京都北区に住んでいた)

  山歩きのセオリーを無視、若さにまかせたイケイケドンドンの無謀山行です。
  遭難していても決しておかしくないですね(?) -反省-
----------------------------------------------------------------------------------

ここからは現代です!
リハビリ:
> 腰痛が再発、ただ今地獄のリハビリ中…とのこと。
ボクの「脳神経マヒの改善」もやっかいです。
・視覚障がい
 眼球をすばやく動かすことができません。
 動いているものを見たり動きながら見たり、長い時間(3~4分)集中してみたりするとひどく疲れます。
 使うことそのものがリハビリと言われています。慣れるしかないのかな。
・構音障がい
 ろれつが回らずはっきりした発音ができません。
 新聞のコラム(天声人語など)を録音しながら音読しています。
 最近の音読は違和感なく聞き取れるようになってきました。
・歩行障がい
 足元がふらついたりよろけたりします。頭の中に振り子があるような感じです。
 人ごみに出る時(買い物など)はシルバーカーかキャスター付き歩行器を、
 散歩・散策(リハビリ)の時はポール(ポールウォーキング用2本杖)を使っています。
 とにかく歩けるようになりたいです。外歩きにますます良い季節ですから。
 最近はかなり長い時間、長い距離を歩くようになってきました。
 有名ではないけれど「歩いてちょっとよい道」は「ようこそ! 山へ!!」にも紹介したいです。

0番乗り場:
 鉄道ではないけれど、バスには0番乗り場があるんですんね。
 昨日(3/4)小田急線鶴川駅のバス乗り場で見つけました。バスロータリーの一番前。
 「町田、野津田車庫、淵野辺駅北口、やくし台センター、登戸…」方面行きのバス乗り場です。

 ちなみにボクが乗ったのは1番乗り場「若葉台駅」方面行き。
 NPO法人エンディングセンター町田事務所が主催する「樹木葬見学会」に参加するためです。
 大きな手術をきっかけに、いろいろ考えるようになりました。
 

東病院編:リハビリ4

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月 1日(水)21時27分14秒
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:リハビリ4”をUPしました。
今回は病院の「食事」について、摂取cal毎にまとめてみました。

病院の食事はおいしくない…と言われているけれど決してそんなことはありません。
メニューも調理の仕方も工夫されていて、ボクにはおいしかったです。
写真をたくさん入れました。病院で提供される食事、まず目で楽しんで下さい。

後半には退院した後のボクが作る朝食の写真も入れてあります。(写真をクリックすると大きくなります。)
 

0番線(その1) 昔は良かった…的な

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月 1日(水)18時21分47秒
  山のオールドボーイ達の日向ぼっこ!つまらない茶飲み話から、過去のいろいろな資料を
ひっくり返させてしまったようで・・体に障りませんでしたか?申し訳ありませんでした。

今日もほんとに長くなりますが、お暇でしたらこの腰痛オヤジにお付き合い下さい。
早速
いただいた最初の資料、地蔵岳~高峰~白鳳峠(1972年/8/23~8/25)。これが驚き!
満員電車が極めて苦手な自分はCAR付の岳友を捕まえ、車で山に行くようになったのが
1972年。日にちまで覚えていませんが、その8月末に彼の壊れそうな軽(ホンダN360)を
駆って、広河原から白鳳峠~アサヨ~甲斐駒~北沢峠と歩きまわっていました。
あのころから南アスーパー林道は環境破壊で問題になっていたものの、マイカーの乗り入
れは制限されていませんでした。おおらかな時代だったということでしょうか。
未舗装林道の膨らみに放置された、鉄くず同然の白い軽。ボンネットだけ自分で塗った青!
見ませんでした(笑)
そして次の資料
ポンチョ!今でもこんな名前で売っているレインウエアーあるのでしょうか?
粉ジュース・・・?当時まだあったかなー?昔のソーダラップ!大好きだったけど・・・
♪ワタナベのジュースのもとですよ!♪まさかねー
果物缶!蜜豆の缶詰が大好物で、縦走最終日の最後のおやつまで大事にとっておいたっけ。
メタ・・ですって!イヤー懐かしい言葉を聞いた!予熱剤ですよね?これだって今もある
んですか?もう覚えてないけど高校のワンゲルに入部した時、これを使ってホェブス?
ラジュース?の点火の仕方を練習させられたよなー・・先輩たちからエッラソーに!
そしてそいつらを背負っていくのは、独特な臭気漂うキスリング。ちょっと金のあるやつ
やカッコツケは背負子にキスリングを括り付けてましたね!
ほんとに団体行動が苦手で部活はすぐにやめちゃったけど、懐かしいですねー!あの頃。

オヤジの昔は良かった!的な話。まだまだ続きます。問題の0番線は(その2)へ
 

0番線(その2) 線路の響き

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月 1日(水)18時18分38秒
  リンクしていただいたHP、最初の記事は自分も以前発見して保存してあります。
ブルーとクリーム色の車両は山の横須賀線、通称「山スカ」115系と言うらしいですよ。
2番目の記事・・・ヤマレコのかたのようですが、いい文章ですね。
鉄道ファンではないけれど、
「夜行列車の窓辺に座って単調な線路の響きを聞きながら、遠くの街の明かりを眺めてい
ると、そこに暮らしている見知らぬ人々の事が思い浮かび・・・」
最近こんなシーンを思い浮かべるとすぐにウルウルしてしまう。歳のせいか涙腺が緩くな
ってしまったようで、困ったもんです。
でもやはり「0番線」見つかりませんよね。
自分が発見した記事は、
http://www.minemura.org/platform_0/closed.html
http://mizube.gnk.cc/65chuuou-higashisennotabi.html
しかしいずれも「0番線」があったという事実しか判りません。
2番目の記事から推測すると、23:55発の山夜行が全盛だった1972頃、休日前夜に限り開
設されていたホームなのでしょうか?依然としてその開設期間などは調べがつきません。
でもこの辺にしておきましょーか。この「お題」がきっかけで腰痛なんか無縁だったころ
の山に思いをはせることができたのですから、良しとしましょう。
しかしもう1ページ紙面をいただいて、これまで調べた中央線の記録を挙げさせて下さい。
鉄道ファンではないので正確さを欠くかもしれませんが、興味ある方は(その3)を見て
みてください。
s-okさん懐かしい記録、ほんとうにありがとうございました。
病の重篤さは全然違うけど、お互いリハビリ頑張りましょう。まだまだやめるわけにいか
ない山歩き、そして家族のため。

ここで私事、小休止。近況です。2月の頭にまた腰が痛くなり、ただ今地獄のリハビリ中。
それ以前のものです。
昨年11月山形の山から帰ってきた後、
本栖湖西岸、雨ヶ岳北尾根。笛吹市、大栃山北西尾根。山梨市、大烏山・子烏山。
丹沢、伊勢沢ノ頭に東南尾根から。お寺の階段仲間を案内して細川橋から大仏の野。
その後すぐに腰がギクッ!低山は今がベストシーズン!早く直さなくっちゃ。
 

0番線(その3) 懸命に駆け抜けて

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 3月 1日(水)18時11分56秒
  再び早速

1948(S23)新宿~松本 不定期準急運転開始
1949(S24)上記を長野まで延長、定期化
1951(S26)愛称「アルプス号」となる
1960(S35)中央東線(塩尻より手前を東線、先へ名古屋までを西線と言った)にキハ55
      系ディーゼル気動車(オレンジ&クリーム色)投入
1965(S40)松本まで全面電化 165系(オレンジ&グリーン)がアルプス号に投入
      気動車アルプスもしばらく存続
1968(S40)10月ダイヤ改正 165系9往復、キハ58系2往復
1972(S47)この列車ピーク(s-okさんの記述通り5番線発車) アルプス広場の大変な
      にぎわいが風物詩

s-okさんも自分の階段仲間のオールドボーイもこの時期に前後して「アルプス号」のお世
話になったのではありませんか。そして休前日の繁忙期には問題の「0番線」が開設されて
いたのかもしれません。
してみるとWさんのお仲間の言「笹子トンネルに差し掛かると慌てて窓を閉めた・・・」
と言う述懐はディーゼル発動機の油煙!と推測できるのですが、事実はいまだ煤・・・
じゃなかった闇の中です。
しかしその後「アルプス号」は徐々に衰退の道を辿ったようです。

1975(S50)3/8あの懐かしい小豆色の客車(425,426系-EF系電気機関車が牽引-これは
      後に大井川鉄道のSL列車で使用されているそうです)が全面廃止
      これに愛好家や登山家達が反対するも、合理化の波には抗しきれなかったの
      でしょうね。
そして
1986(S61)11月1日ダイヤ改正、急行アルプスは夜行のみになり、昼間は「あずさ」に
      一本化される。
1992(H4)3月上諏訪から甲府までに短縮される。
1998(H10)1911(M44)から87年間の中央線夜行に終止符が打たれる。

間違いがあるかもしれませんが、昭和23年~平成10年までの経緯です。
アルプス号、中央線山岳夜行。まさにs-okさん達の世代の山歴と共に、あの険しい山の中
を懸命に駆け抜けていたようですね。
 

春の足音が聞こえる

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 3月 1日(水)15時04分14秒
  > メザシ相伴さん

> 枝の上に○匹、下に○匹、ずうっと上にもいるよと6匹。
樹の枝の、上から下へ、下から上へ、幹から枝先へ、枝先から幹へ…。
一目では数えることができないほど素早くせわしないリスの動きを想像しています。
せわしない動きを見ているお二人の、ゆったりした時間の流れを感じています。
「動」と「静」、同時に体験できる心の贅沢さ(豊かさ?)がステキだなと思いました。

晴れた日はできるだけ相模緑道や近くの公園を歩くようにしています。
今日(3/1)散策途中で満開のボケを見ました。満開のミツマタも見ました。
毛皮のコートをまとっていたコブシの蕾が白い花弁が見せ始めています。
風は冷たくても陽の光は春を思わせる眩しさにあふれています。

今日から3月。陽が日毎に力強さを増していくように、
ボクも歩く時間、歩く距離をもっともっと伸ばしていきたいです。
HP「ようこそ! 山へ!!」にも、緑地や公園などの「散策記」をUPしていこうと思っています。
 

ちかごろ13

 投稿者:メザシ相伴  投稿日:2017年 2月27日(月)18時07分23秒
  またまたリスです。例によって枝でクルミを食べてるのを数えてみると4匹確認できました。そこへ、近くの木の枝を伝わってもう一匹がやってきました。5匹は今季の記録です。食べ終わるとお代わりしに下りたり、途中で食べてるのにちょっかいをだしたりと動きが激しいと5匹を一遍に確認するのが難しくなるのですが、そんな中よくよく数えると6匹になってるような?二人で枝の上に○匹、下に○匹、ずうっと上にもいるよと6匹を確かに数えられました。4匹から一挙に6匹に記録更新です。今までも6匹はきたことがあるので、タイ記録です。いっとき食べたり追いかけたり地面に埋めたり賑やかに楽しませてくれてやがて2匹だけを残していなくなりました。この2匹が常連なんでしょうか。出会いの場になっているのかなあなどと想像しています。
やっと、福寿草とスノードロップが咲きました。それじゃ蕗の薹もと蕗の葉の枯れてるところの落ち葉をかき分けてみると、鮮やかな黄緑の芽がポツン、ポツンと顔を覗かしていました。10個ほどいただいて今夜は天麩羅です。
 

Re:0番線、40年以上前の山

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 2月26日(日)22時15分24秒
  > 大田区のYさん、40年以上前の山歩きに興味ある方

メールありがとうございます。
新宿アルプス広場、懐かしい響きです。0番線あったかな? あったような記憶も…?

60年代後半から70年代前半にかけ、長野の山(飯綱山、戸隠山、妙高山、黒姫山、美ヶ原、
車山、志賀高原など)や、南アルプスなどに行きました。
とりわけ南アルプスは山の大きさや森の深さが好きで、夏休みになる度に通いました。

ひょっとして? 昔使っていた本の間を探してみると…、小さなメモ帳が見つかりました。
南ア:赤石岳-荒川三山~転付峠(1971?年/7/28~8/2)
   ・小田原駅発1:01=(東海道線)=3:03金谷駅着 以降大井川鉄道―バスと乗り継ぎ畑薙ダム着7:10
南ア:地蔵岳~高峰~白鳳峠(1972年/8/23~8/25)
   ・新宿(5番ホーム)発23:55=(中央本線・長野行)=3:40穴山駅着 以降バスで御座石鉱泉着5:15
南ア:塩見岳~白根三山~広河原(1973年/8/8~8/14)
   ・新宿発23:20=(中央本線)=3:45辰野4:35=(飯田線)=6:08伊那大島 以降バスで塩川着8:02
飯豊:三国山~飯豊山~北股岳(1974年/8/18~8/24)
   ・上野発23:55=(磐越西線・会津若松経由)=6:05山都 以降6:45川入-7:00飯豊鉱泉

…などいくつかの山行記録が記してありました。
当時山岳夜行列車とも呼ばれていた新宿起点の中央線をよく利用していたことがわかります。
まだカメラが高価で持っていなかった時代です。(友人から借りることはあった)
もちろんホームページもありません。
当時の日記やメモ帳を昨年の「老前整理」でほとんど処分、上記以外の記録がみつからなかったことが悔やまれます。

-------------
60年代後半の記録が見つからないうえ、お題「0番線」の答えにもなりませんが
以下にメモの一部(1972年/8/23~8/25)を記します。
40年以上も前の山行メモです。興味・関心のある方は参考までに…

南ア:地蔵岳~高峰~白鳳峠(1972年/8/23~8/25)
[装備]
登山靴1足、靴下2足、ザック1個、チリ紙20枚、タオル2枚、メタ1個、マッチ3個、コッフェル1組、軍手1組、
食器セット1組、缶切り1個、水筒1個、ポンチョ1着、雨具(上下)1組、セーター1着、ズボン1本、ヤッケ1着、ライト1個
[食糧]
粉ジュース1袋、パン4個、マヨネーズ1本、キュウリ4本、チョコレート2箱、キャラメル2箱、ラーメン3食、ソーセージ3本
果物缶詰(蜜柑、桃書く1個)、レモンティー、砂糖、レモン3個

[行程]
8/23
21:03新宿(5番ホーム連絡通路)23:55(長野行¥630)
8/24
3:40穴山4:20(マイクロバス¥1,000)…5:15御座石鉱泉5:45…6:30西平6:40…8:25旭岳8:35…9:05燕頭山9:35
11:10鳳凰小屋(泊\1,500)
8/25
鳳凰小屋7:00…7:45地蔵岳7:50…8:00赤抜沢ノ頭8:15…8:55高峰10:05…10:40白鳳峠11:00…12:20白鳳峠入口…
12:30広河原14:45…(バス\330+80)…16:40甲府駅17:03=中央線・八王子経由(¥400+100)=18:53相模原


書きながら、40年以上前の持ち物や服装・見た風景を意外と鮮明に思い出せることを不思議に思いました。
起点の新宿駅。アルプス広場、列車を待つ登山者の長い列や熱気を思い出します。
ここ2~3日の間「あんなふうに歩いたこともあったね…」と、青春時代の一コマを楽しんでいます。
気持だけでも少~し若返ったような気がして。


1960後半~1970年代前半の新宿発夜行列車、ネットで見つけたいくつかのwebページをリンクします。
やっぱり青春時代=今よりずっと若かった頃=の一コマです。

・新宿発長野行
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/mikeneko/441M.html

・夜行列車
https://www.yamareco.com/modules/diary/75709-detail-110561
 

東病院編:リハビリ3

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 2月23日(木)16時55分30秒
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:リハビリ3”をUPしました。
複視(二重に見える)など、主に「モノの見え方」についての経過や心境をまとめてみました。
よかったら読んで下さい。この後"リハビリ4"「食事」に続ける予定です。
 

0番線

 投稿者:大田区のY  投稿日:2017年 2月22日(水)23時18分49秒
  松田山、いよいよ山復帰ですね!
自分も大病の後、山復帰はカミサンと相棒達に付き添われ、真鶴・灯明山。海抜96m、歩行距離100m少し。
それでもハイキングシューズを履き、小さなリックを背負えたことが嬉しかったー。
「ようこそ!山へ!!」の更新も順調、体調も良さそうなご様子なので・・・
そこで今日は目先を少し変えていただき、さて気分転換。
お尋ねしたいことができてメールしました。

前にも少しお話したと思うのですが・・・
今や相棒亡き元登山隊長ですが、山歩きの体力維持のため、1日おきに近所のお寺の石段96段を10~15往復。
標高差200mほどのバーチャル登山、意外としつこく続けています。同じ目的で通ってくるご常連も結構いて、
山談議しながら共に汗を流せば、退屈なノルマもあっという間に終わります。
そんなある日、若かりし頃の新宿駅アルプス広場のことが話題になり、
「たしか新宿駅に0番線がありませんでしたか?そんな記憶があるんですが」
そのかたはWさん、自分より10歳年上。ずいぶん前のことで記憶があやふやなようで、そのお仲間も、
「0番線あったかなー?あったよねー?笹子トンネルあたり煤が入って来るから、あわてて窓を閉めた覚えがあ
るけど・・?」
「おいおいまさかSLじゃないだろ!ディーゼルかい?」
そんな調子でらちがあかない。
ジョギングから帰ってきて昼飯終われば自室にこもり、ひたすら夕飯を待ち焦がれるのみの死んだような毎日。
0番線!面白いお題ではありませんか!アーこれでやっと暇をつぶすのに忙しくなります。
おそらくいずれも23:55発の夜行のことでしょう、嬉々としていろいろ調べたのですが、見つかった記事はた
った1件。それも「有った!」と言う記述のみ。新宿駅HPにもそんな問い合わせコーナーなどありません。
その後も半分意地になって調べているのですが、お題をいただいてから約半年、とん挫しています。

s-okさんは記憶にありますか?「0番線」。存在した期間、けん引していた動力車のことなど・・・
腰のご機嫌がすこぶる悪く、こちらも辛~い辛~いリハビリ中の 大田区のYさん でした。
 

Re:いつか偶然に…

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 2月16日(木)21時46分45秒
  レガーさん
掲示板への書き込み、ありがとうございます。

レガーさんもまつだ桜まつりに行かれたのですね。それもたったの一日違いで!
シンクロニシティという言葉があります。「意味のある偶然の一致」という意味。
日毎に増してくる光の強さ・暖かさ、冬から春への変わり目、桜、満開、花見…。
そういえば以前、山北町湯触で偶然お会いしたのも桜の季節でした。(2012/04/19)
レガーさんは大野山から、ボクは奥山家古道の探索、共に桜を愛でながらの山歩きでした。

今回もひょっとしたらお会いできていたかもしれない。
こんな「意味のある偶然の一致」の重なることが嬉しいです。
次は本当にばったり出会うことがあるかもしれないから…。
「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる。」(マーフィーの法則)

まだ付き添いが必要ですが歩行リハビリを兼ね、歩く距離や時間を少しずつ伸ばしています。
体が回復しもっともっと歩けるようになったら
「入院記」の次に「山行記(というより散歩記かな?)」をHPにもUPしていきたいと思っています。
以前のようにRFが必要な未知の道ではありません。誰もが安全に楽しく自然と親しむことが可能な、
けれどあまり有名ではない路を探したいと思っています。

そんな行動の中でいつか偶然、バッタリお会いできたら楽しいでしょうね。
 

おはようございます。

 投稿者:レガー  投稿日:2017年 2月16日(木)07時40分14秒
  s-okさん
まつだ山行かれたのですね。
しかも往復を歩かれて♪

残念な事が、私は前日に訪れていたのです。
今年はとても早い開花だったようですね。
例年、上が桜で足元には菜の花がきれいに咲いていますが、
今年は菜の花よりも先に咲き誇っていましたね。

1日違いでバッタリが叶いませんでしたが、お互いに満開のタイミングで
訪れられた事が嬉しく思います。

まだ寒暖の不安定さが続きますね。
体調を大事になさって下さい。
いつかバッタリを期待しております(^^)
 

Re:近況です

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 2月12日(日)22時02分26秒
  > メザシ相伴さん

追いかけっこをするかのように樹の幹を駆けまわるリス、お尻をフリフリして尻尾を揺らすリス。
彼らには生きていくうえでの動きなのだろうけれど、ボク等から見るととても可愛い仕草です。
2月に入り晴れた日にはリハビリが目的で近くの緑道や公園を歩いています。
その途中、先日は咲き始めた梅の花をついばむメジロを見ました。
白っぽいいピンクにメジロのヨモギ色が良く合います。
木々の間をせわしなく飛び回る姿が愛らしくつい見とれてしまいました。
リスやメジロなど小さくて可愛い生き物の動きは、見ているだけで心が和んでくるような気がします。

近況です。
1/26(木)は電車に乗って座間谷戸山公園に行き園内を散策してきました。
2/03(金)は電車に乗って小田原城址公園に行き天守閣にも上がってきました。
2/07(火)はバスに乗って市立相模原麻溝公園に行き帰りは緑道を歩いてきました。
でも思いつきでいきなり歩いているわけではありません。
外歩きが可能になったらチャレンジしてみようと前から計画していたのです。
そして集合住宅内の園路や近くの公園を歩いたりするなど、準備もしていたのです。

めまいやふらつきの残る現在、乗り物利用の一人歩きはまだできません。妻の付き添いが必須です。
でも外を歩くことはやっぱりいい。陽の光や風や草や樹や生き物が春が近づいていることを教えてくれるから。

もう少し暖かくなったらポールウォーキング(二本杖)に慣れ、一人歩きにも自信をつけて目的地までの距離を伸ばし、
その様子をHPにも書いていきたいナ…と思っています。一歩ずつ、少しずつ、少しずつ前へと…。
 

ちかごろ12

 投稿者:メザシ相伴  投稿日:2017年 2月11日(土)09時15分39秒
   リスの話です。4匹がやって来て・・・。なんかしら1匹は身体の色が赤っぽいような。この赤っぽいリスがクルミをくわえて、もう1匹のリスに近づいて仲良くしてるような。かと思うと、追いかけっこのように太い樹を上から下に、下から上に床屋さんのネジリン棒のようにすごい速さで駆けたり。時たまお尻をフリフリして尻尾を揺らしてるのは匂いづけかな。なんか春が近づいてるのかなあと。二人でリスたちのお話を作って台詞を当てはめたり。
 今朝は3匹が適当な間隔をとってクルミを食べています。
 

東病院編:リハビリ2

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 2月 9日(木)16時17分0秒
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:リハビリ2”をUPしました。
およそ二か月間の入院生活やリハビリを通してたくさんのことを学びました。
その様子や心情などうまくお伝えできるとよいのですが…。
よかったら読んで下さい。この後"リハビリ3"に続ける予定です。
 

東病院編:リハビリ1

 投稿者:s-ok  投稿日:2017年 1月23日(月)15時03分0秒
  ブログ「大野時間」の「入院記」カテゴリーに "東病院編:リハビリ1”をUPしました。
たくさんあるエピソードの中で何を取り上げようかと、書いては削除の…さんざん迷った末のUPです。
そのときどきの様子や心情がうまくお伝えできていますでしょうか。
よかったら読んでいただき批判して下さい。この後"リハビリ2"に続ける予定です。
 

レンタル掲示板
/31